6月

長く暗い列車に身をまかせ
ぬかる様に進む一人ぼくをのせ
くもりマドをなぞる指がぬれている
月曜日になぜかここをおとずれる
ため息とタバコの煙が重苦しく
ねむったかと思えばみみなりをおいていき
かならず決まって月曜日アメがふる
今日も雨がふってる重い 月曜日

ハイが落ちるのもわすれて
目をうばわれるマドひきこまれ
霧でふさがれた谷を見ていると
すいこまれて行くほど美しい

雨がふっているマドの外
こい縁がぼくを 追い責めたてる
吹き出る汗のせいでもなにもなく
君のせいでもなく又ぼくじゃない
あじさいはゆれる きれいに咲く
くらい列車の中 雨の中


6月/june あめ アメ 雨 bloodthirsty butchers



6番目の憂鬱6月。

何だろう?
日本語で会話をしているのに、言葉が上手く通じない違和感が拭えない。
同じものを見ているようで、同じようには見えていない。
それって哲学の原点なのだけど、永遠の課題でもある。

それでも前に進まねばならない。
どっちが前だかわからなくても、だ。

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写真は昨年6月に訪れたジョージア
もうあれから1年経つのか。