帰国

前夜手配したタクシーは予定より10分遅れて6時10分にやってきた。
まだ寝ている時間だから、鍵は部屋においたまま、ドライバーがフロントのドアをノックしたら扉を開けて、と言われていたのだが、宿の女将はわざわざ起きて見送りに出て来てくれた。
握手でお別れ、名残惜しい。

熊のような体格のタクシードライバーはとにかくよく喋る。
黒澤明監督の大ファンだそうで、(「七人の侍」を絶賛、「ラスト・サムライ」を酷評)私が日本人だと知ってテンションが上がったのかもしれない。
しかし石畳の道はノイズを産み、私の英語力の低さもあって半分も聞き取れない。
「ところでカスカイスには行ったか?」とドライバー。
勿論。良いところだった。
「俺はカスカイスに住んでるんだ。」
ええっ?電車で30分近くかかったぞ?
「今朝もカスカイスから来たの?」
と問うと、
「勿論。道空いてるから30分で着いたよ。」
ってそりゃ10分遅れるわな。
むしろ10分遅れで済んだことに感謝すべきかもしれない。
しかしよりによって何でカスカイス在住のドライバーを呼ぶ必要があるのだ?
俺が早朝横浜から自宅までタクシーを呼ぶみたいなもんじゃないか。
「ところで航空会社はどこ?」
と、唐突に熊。
アエロフロートだよ。」
と、私。
「どっちのターミナル?」
と、熊。
「え?わからないよ。」
と、私。
「ちょっと調べてくれない?」
空港の目の前で路駐する熊、あわててバックパックからeチケット控えを引っ張り出す私。もう、先に言ってくれよな。
「第1ターミナルだ!」

車を降りて、宿の女将に言われた通りの25ユーロを渡そうとすると、
「ちょっと待って、値段が分からないんだ」とスマホで何事か調べ出す熊。
「あ、本当だ。25ユーロだ。実はこの仕事、今日が初めてなんで、よく分かってなくて...。」
「えええっ、本当に?じゃあ俺が初めての客?」
「そうそう!」
はからずも熊男のバージンを奪う栄誉に浴してしまったようだ。
20分の短い付き合いだったけど、10年来の知己のような力のこもった握手をしてさようなら。

アエロフロートは定時に飛び立った。
さらば、ポルトガル
夏休みのジョージア旅行も非常に楽しくて刺激的な旅だった。
しかし、ポルトガルは楽しさに加えて、哀愁含有量が半端なく、心に沁みる旅だった。
また来ることが出来るだろうか?

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どんよりとした曇天の下、どんよりとしたモスクワの街が見えてくる。

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どんよりとした空港、気温は僅かに2度だ。

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売店にはプーチンTシャツ。
欲しかったけど3000円超えてたので止めておいた。

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ビールを飲みながら、3時間以上ある乗り換え時間を遣り過ごす。

ボーディングが始まった成田行きの搭乗口で並んでいると、私を突き飛ばさんばかりの勢いで金髪女性が男性職員に駆け寄ってきた。
ヘルシンキ行きは?私はヘルシンキ行きに乗るのよ!」
ヘルシンキ行きは10分前に出発しました。」
「えええっ?ファイナル・コールのアナウンスもなかったじゃない!まだ飛び立ってないんでしょ?私を飛行機まで連れてって!」
「お気持ちはわかりますが、そんなことは出来ません。飛行機はもう行ってしまったのです。」
暫く無益な押し問答があり、そして彼女はフラフラと何処かへと去っていった。
まるでドストエフスキーが描く地獄のような光景である。
彼女は小さなバッグひとつ持っただけでほぼ手ぶらであった。
その後どうなったのであろうか?

そして19年前、正にここモスクワ空港で、時差の計算を間違えたDDVセンパイ(仮名)と私が、危うく乗継のパリ行きに乗り遅れそうになったことを唐突に思い出した。
既に全ての常客が乗り込み無人となった搭乗口で、マシンガンをもった軍人に「何をやってるんだ!急げ!」とばかりに怒られたのだった。
ロシアでは乗客を待ったり、搭乗口に現れない乗客をアナウンスで呼ぶという概念はないようだ。

しかもそのモスクワまでのフライトも、大渋滞に巻き込まれて成田空港到着は離陸30分前。搭乗手続きは既に締め切った後でカウンターは無人、助けを求めた女性地上職員と共に裏導線を走り、裏チェックインを済ませ、裏出国手続きを経て、本来機内に持ち込めない大きなスーツケースを持ったままという裏技で、我々は機上の人となったのであった。

危なかった。
本当の本当に危なかったのだ、あの日あの時は。
そして、色々あるにせよ、我々はとても運が良いのだろう、きっと。

日曜日の午前10時に成田到着。
楽しい一週間とは本当にあっという間だ。

家で洗濯をしてから、お土産を渡すために実家に顔を出した。

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いつものように餃子を作って母は待っていた。

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数奇な運命を経て昨年実家に引き取られた保護猫も元気だったが、未だに私には心を許していないようだ。

ポルトで出会った野良猫の方が、余程私になついていた。