旅読書・・・「夏草冬濤」(なつぐさふゆなみ)井上靖

しろばんば」に続く自伝小説第二部、三島・沼津を舞台とした、主人公伊上洪作の中学時代を描いた物語である。

ところで中学生とは生臭くて気持ち悪い年代である。
子供のもつ無垢な可愛いげはないが、といって成熟とも無縁、身体的変化と性の目覚め、正に足が生えたおたまじゃくしのようなおぞましさである。

自らの中学時代を振り返っても、また街行く中学生を見ても気持ちが悪い。

そんな気持ち悪い年代を無慈悲に淡々と描いた本作は、やはり「しろばんば」に比べて面白味に欠けるが、それは物語の中弛みとか、小説的に劣るということではなく、私が好まない中学生の内面と外見を、リアルに描いているからだろう。
井上靖という人は、恐ろしく記憶力の良い人だったのだろうと想像する。

しかしながら、明確な自我を獲得し始める後半から俄然面白くなってきた。
特に文学青年達との交流の部分は最高である。

全くの余談だが、時折本に呼ばれるような、自分が本から選ばれたような読書体験というものがある。
そういう感覚をもたらすことの殆どが、小説世界とリアルな自分との不思議な符号だったりする訳だが、この小説の中で主人公が雪の通学路で派手に転倒するシーンに思わず笑ってしまった翌朝に、私がトレッキングツアー中に足を滑らせて派手な転倒を演じてしまったのであった。
そういう意味ではこの読書も正に本に呼ばれた特別な読書と言えそうだが、肉体的な痛みを伴う不思議な符号は勘弁して貰いたいものである。

お土産でかさが増した荷物、私は収納スペース獲得の為にこの本とガイドブックと破れたハーフパンツをハノイのホテルに置いてきた。
私にとってこの物語は、ベトナムの記憶と共にベトナムに奉納してきたのである。

イメージ 1