ベトナム放浪記~サパを去る、ハノイの最悪なレストラン(5/3)

朝になっても雨は降り続いていた。
おまけに気温もとても低い。

午後イチのバスでサパを離れなければならないのだが、この陽気ではとても観光どころではない。

私は町歩きをしつつ、目についた店を冷やかしがてら覗く。
お土産用に欲しいものは何もない。
しかし、トレッキングシューズや、バックパックや、ゴアテックスのパーカーなどはとても安く、心惹かれるものがある。

ここベトナムにはnorthfaceをはじめ多くのアウトドアブランドの工場がある。
当然バッタもんであろうと私は見なしていたのだが、聞けば本国のオーダー以上の製品を勝手に作り、余ったものをアウトレットとして称して勝手に横流ししている為に安いらしい。
つまりこれはフェイク商品ではなく、オフィシャル・ブートレックのような立ち位置なのであろう。

生憎と機内持ち込み可能な小さなバックパックひとつで旅をすることを信条としている私には、そのような余計な荷物を買う余裕はない。
しかし、ゴアテックスのウインドブレーカーが2000円しないのである。
騙されても悔いないような安さなので、とりあえず上着だけ購入。

宿に戻ってシャワーを浴び、荷物をパッキング、4泊した居心地の良い宿ともいよいよお別れである。
ご主人は不在だったので奥さんに鍵を渡しチェックアウトをお願いする。
「ミニバー(冷蔵庫)利用しましたか?」と奧さん。
「いいえ。」と私。
「OK、じゃあチェックアウト完了、気を付けてね!」と奧さん。
「いやいやいや、トレッキングツアーと滝を見に行くツアーをお願いしたじゃない!」と私。
「oh!」と自らの額を叩く奧さん、笑う私。
クレジットカードで無事に支払いが完了。
「なんだかサパを離れたくないな。」と私。
「次は8月の終わりに来るといいわ。サパが最も美しい季節よ。」と奧さん。
「8月?雨季じゃないの?」と私。
「雨なんて年中降るわ。8月は緑が鮮やかで花も沢山咲いて最高よ。」と奧さん。
「OK!次は8月に来るよ。」
しかし先のことは分からないとは言え、私がサパを訪れることは恐らくもう無いだろう。
旅とは一期一会、人生も一期一会、旅は人生の縮図であり、人生もまた旅そのものなのである。
サヨナラだけが人生だ。
そう言えば私の好きな釣りも一期一会ではある。アングラーとは本質的な人生の切なさを熟知している人種なのだ。

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サパ最後の食事は、初日の夕食で世話になったLittle Sapaというレストランにてチーズバーガーなど。
ま、値段の高いバインミー、といったところである。

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13時発のバスでハノイへ向けて出発。行き同様二段寝台のバスは満席である。

途中30分の休憩、さらにノイバイ国際空港にも立ち寄り何組かを降ろし、ハノイ市街オールドクォーターにあるバス停に着いたのは19時過ぎ。
そこから歩いて15分ほどでホテルに到着した。

チェックインを済ませると、後はもう夕食を摂るだけである。

レセプションのイケメンに勧められた、cha caという魚(雷魚)料理専門店に行ってみよう。
漁師を生業としている私は滅多なことでは金を払ってまで魚介類を食べないが、雷魚は食べたことがないので興味をそそられたのだ。結果的にこの選択はやはり失敗であった。

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メニューを見るとcha caは一人前20万ドン。約1000円とベトナム料理としてはかなり高い。一言も英語を話せない店のオヤジがゼスチャーと指差しで何かを必死に訴えてくる。
OK,OK,お前のオススメを貰うよ、と何も考えずに言ったのだが...。

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ナニ、この量?
そしてどうやって食うの?

すると片言の英語を話す若者がやって来て、フライパンに火を入れて調理を始めてくれた。

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出来た!と言われても食べ方がわかりません。
教えを乞うと、まずブン(米粉の細麺)を小皿に取り、その上にフライパンから野菜と魚(切身を焼いたものと、ツミレ状のものがある)を乗せ、好きな調味料をかけて食べるとの事。

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こんな感じですね。

食べてみると、、、うん、まるで美味しくない。
そして量が凄まじく、ブンなんてダックキムのブンチャーの5倍はありそうで、食べても食べても減らない。
しょうがない、ビールおかわり!

頑張ったけど魚は半分ほど、ブンは2/3ぐらい残してごちそうさま。
残すのは気持ち悪いけど、私は大食い選手権に参加するためにベトナムくんだりまで来たわけではないのだ。

お会計を頼む。

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62万ドンだと!?
3000円超えてるじゃないか、今宵の俺の宿である3つ星ホテルは1泊3700円なんだぞ!
「メニューに一人分20万ドンって書いてあったじゃないか!」
私はレシートを持ってきた若い店員に文句を言うが、急に冷たい態度でベトナム語しか話さなくなった。こういう時だけ社会主義的側面が顔を覗かせるのがベトナムという国の本質なのかもしれない。
私は50万ドン札を1枚だけ渡すが、相手は機械的に「62万ドンだ」と繰り返すのみ。
仕方なく私はもう一枚50万ドン札を渡し、お釣りを受けとる。
入口のところに注文を取りに来たオヤジがいたので立ち止まるも、私には目もくれない。余程何か言ってやろうかとも思ったが、私は何を言えばいいのかわからず、無言で店を出た。
完全なる敗北である。

ビールを買ってから宿に引き上げた私は、鐵は熱いうちに叩くべく、世界的に最も信頼出来るとされている旅のポータルサイトの某アドバイザーに「最悪のレストラン」というレビューを上げた。
よく見ると私同様、高い、不味い、最悪という書き込みが数百件もあったのだった。

私はホテルのアンケートにも、ここのホテルは素晴らしいが従業員が勧めたレストランは最悪だというフィードバックを記載することにした。
「今後二度とこのレストランを宿泊客に勧めないことをお勧めする」という、まるでトルーマン・カポーティのようなくどい言い回しにしておこう。
(think of nothing things~from“shut the final door”~トルーマン・カポーティ)

ビールを4缶飲んだら怒りも落ち着いて眠くなり、私は泥のように眠った。

サパの夢をみた。