ベトナム放浪記~ダナンからハノイへ(5/4)

ダナンのホテルの朝食は、ホテルにありがちなビュッフェ(という和製英語は困り者ですね)スタイルではなく、多数のメニューから一品選ぶというものだった。

洋食もあればローカルフードもある。
私は迷わずフォーをもらう。
悪くない。

ダナン空港は街中心部に位置するホテルからタクシーで僅か10分の距離にある。
国際空港としては福岡空港なみの便利さではなかろうか?

タクシー代も82000ドン。400円強のリーズナブルプライスである。

定刻通りのフライトでハノイ・ノイバイ空港に到着、ホテルの迎えの車に乗り込みチェックイン。

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荷物を置いたら直ぐに向かうは人気のフォー専門店pho10。
前回滞在時も3回ぐらい食べた、群を抜く旨さのフォーである。

嗚呼、旨い!

観光客仕様なのか、周りの地元客に比べると私の丼のパクチーがかなり少なく思えたが、余計な気遣いは無用である。
次はパクチー増しでお願いしてみようかな?

一旦ホテルに戻って自然現象をやり過ごしたら(腹痛は完全に治まったが硬度はまだ戻っていない)、前回の滞在で見落とした歴史博物館へ。

二軒の建物に分かれたこの広大な博物館、ベトナムの歴史を満遍なくさらうのではなく、展示物の70%程は第一次インドシナ戦争と、ベトナム戦争にまつわるもの。
この国が経験した過酷な近代史は私に強烈な衝撃を与え、言葉もない。

第一次インドシナ戦争の雌雄を決したと言われる「ディエン・ビエン・フーの戦い」を克明に描いたドキュメンタリーに登場した将軍の写真などもあり、あの強烈なノンフィクション作品はやはり創作ではなく史実なのだと改めてうち震える。

はっきり言ってフランスとアメリカが大嫌いになる。

日本が過酷な体験をした太平洋戦争を肯定する気持ちは勿論私には欠片ほどもないけど、こういう展示を見ていると1940年の日本が戦争に向かわざるを得なかった背景というものが朧気ながら見えてくる。
やはりアジアを旅することとは私にとって日本を更によく知ることであり、とりもなおさず日本を更によく知るということは自分自身をよく知ることでもある。

言葉は後付けであり、感情がすべてに優先する。
つまり先ずは心ありき、心を補足するために頭はある。
名状しがたい感情を上手く言語化出来ない時、異国に身を置いてみるとその感情が対象化出来たりする。
すると自分のことも相対化出来てアウフヘーベンが訪れる。

やはりまとまった休みがとれたら遠国へと出掛ける事が大事だと改めて強く思った。
滞在4日目あたりからようやく花粉に痛め付けられたことによる鼻水、鼻詰まり、クシャミなどの症状が落ち着き、同時に二ヶ月ぐらい続いていたブルーな気持ちも晴れてきたのであった。
直ぐには改善しない。しかし暫く対象から離れることで大抵のことは解決するのかもしれない。

ビバ、ベトナム

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建物にも趣のある博物館でありました。

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夕暮れのホエンキアム湖。
犬の散歩をしている裕福そうな人々、セパタクローみたいな競技の練習に勤しむ人々、そして東南アジアでは珍しく多くの人がジョギングを楽しむこの湖畔、私は何とも言えない安堵感を覚えた。
バンコク台北と並んで、ハノイも私の心の故郷になっているような気がする。

スコールの気配を感じて露店商たちがざわつき始めたのを見て、私は目についた店に入ってビールを飲みながらやり過ごす。
ベトナムに似つかわしくない極北の小説も、あの博物館を見た後では妙に心に沁みる。
こういう贅沢な読書に浸ることが出来るのも、異国を独りでうろつく特権だ。

結局雨は降らず、再び露店が賑やかになった。

私は会計を済ませ、ハノイ名物のブンチャー(米粉麺のつけ麺のようなもの)を食べる為に再び街歩きを開始した。

つづく。

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