たんぽぽ

全盛期の麺屋武蔵で1時間並んだ末にたどり着いたラーメンに全く感動する事が出来なかったことで、「食事をする為に並ばない」という基本姿勢を貫いて生きてきた俺だが、最近このルールを立て続けに破る羽目に陥った。
この俺に、いや、この俺様に1時間以上も並ばせるそのとんでもない店とは・・・。
大崎のつけ麺屋「六厘舎」だ!

連日の大行列はつけ麺ファンの間ではつとに有名だが、聞くところによると大勝軒系の店だというのでなんとなく味も想像できるし、“どうせ一過性のブームだろう”と傍観していた。というか気にもとめていなかった。

先日大崎で午後一から仕事のミーティングが入り、その打ち合わせ自体が1時間足らずで終わった。昼飯を食っていなかった俺はふと六厘舎の存在を思い出し、おおよその場所を目指して何の気無しに行ってみたのだが、そもそもこれが過ちの始まりだった。
道は駅から一本道だったので迷う事なくたどり着いたのだが、店の前には30人を超す長蛇の列が!
普段であればその行列を見た瞬間に哀愁Uターンするところではあるが、たまたまその日は次の仕事まで2時間空いていた上に読みかけの長編小説がカバンに入っており(しかもその小説がやたら面白くて続きを読みたくて仕方がなかったのだ)、列に加わる事に比較的抵抗が薄い状態だったのだ。ここで並んだことが既に過ちの第二段階だったとはその時は知る由もなかった。

行列の動きはとても遅く、と言うか全く進まず、不思議に思っていたら10分が経過した頃一気に10人以上が店に通され行列も一気に移動。どうも昔環七沿いにあった土佐っ子ラーメンのような完全入れ替え制を採用しているようだ。
そして並んでる間に店員が注文を取りに来る。これも土佐っ子と同じ。しかし合理的なシステムに反し回転が遅いのは大勝軒的太麺の茹時間の長さに起因すると思われる。

更に約30分が経過したころ二回目の民族大移動開始。そして次の民族移動も30分近くを要したのだった。程なくして次の入店客の注文を取るべく店員が出てきた。メニューとメモを持って徐々に近づいてくる店員、いよいよ俺の順番が巡ってきた!俺は初めての店では原則的に一切のオプションをつけないので、この日はシンプルに「つけ麺」をオーダーしようと決めていた。ところが俺の前の奴のオーダーを聞き終えた店員は、次に注文をする権利を持つ俺の前まで来る事なく店に引き返していったのだ!おお、なんとツイていない事よ、この一人の差がもたらす待ち時間は実に30分だ!
このままでは次の仕事に間に合わない可能性が出てきたが、既に1時間以上も並んだ労力を無駄にして仕事に向かうなんて俺には出来ず、やきもきとした気持ちで行列の先頭に佇む俺。結局並び始めてから入店するまでに要した時間は実に1時間半に及んだ。
この時点で相当テンションが萎えていた俺は、味への期待よりも「これでまずかったら赦さないぞ」的に好戦的なモードに突入していた。

そしてようやく運ばれてきたつけ麺。まず目につくのが若干灰色がかったような極太、いや鬼太の凶悪な麺だ。大勝軒というよりも、ラーメン二郎を彷彿させる。さらに見るからに濃厚なつけ汁にはこれまた二郎のオプションのような魚粉が山盛りに。
そして一口食べた瞬間、俺は先程までの好戦モードなど完全に忘れノックアウトされてしまったのだった!
鬼太麺とダシの効きまくった濃厚スープが織り成す最大公約数的なハーモニー。この危うくも完璧な組み合わせは正にここオリジナルなもので、他では決して味わうことができないだろう(と思う)。俺は急いでいるという事情もあったが一心不乱に猛スピードで完食。そして極めつけはスープ割だ。なんとほのかに柚子の香り(!)が漂う上品なスープ割は、先程まで濃厚でワイルドなイメージだったつけ汁を繊細なものに変化させた。同じスープを飲んでいるはずなのに、全く違う旨味を体験できるのだ。

店を出ると約束の時間に遅れそうな俺は、駅に向かって速足で歩き始めたのだが、その頭の中は『いつ再訪しようか・・・?』と既に次回訪店へ向けた戦術を練り初めていたのだった・・・。

そして数日後、正午にお台場で打ち合わせが入った際、打ち合わせを終えた俺は会社とは反対に向かうりんかい線に乗り、大崎へと向かった。そして駅で文庫本を一冊購入すると迷いのない足取りで見覚えのある道を歩いたのであった…。

人生とは出会いであり、出会いとは一方通行である。何かと出会ってしまったら、その何かと出会う前の自分には戻れないのだ。
六厘舎ほどではないにせよ、行列のできるつけ麺屋として名高い「やすべえ」は本家大勝軒よりも個人的には旨いと気に入っていたのだが、“六厘舎後”の同店はもはやかつての満足感を俺に与えてくれる存在ではなくなっていた。
しかしラーメンに比べれば歴史の浅いつけ麺業界、近い将来に六厘舎を凌駕する新星が現れる可能性は決して低くないのではないだろうか?そうすれば今ほど並ぶことなく六厘舎の味を楽しむことができるようになるだろうし、もしくは六厘舎に並ぶ気すら起きないかもしれない。
でも暫くはこのジレンマを抱えたまま生きていかねばなるまい。ううう。

そういえば海外に行っても和食が恋しくなることなどまず無い俺だが、ラーメンの類いだけは無性に食べたくなる。・・・。

日本に生まれてよかったあああああ!