VOW(Voice Of Wonderland)ベトナム編

カンボジアラオスで感じたような社会主義的な闇を感じることは少ないけれど、タイに比べたら圧倒的な暗さがあるベトナム
それは体制に起因する部分もあるだろうが、この国の体験した過酷な歴史による部分もあるのかもしれない。

しかしその正体は、単にシャイな性格の人が多いだけによるもの、というのがこの国を三度訪ねた私の感想である。

一方で、自意識に目覚め始めた中学生が矢鱈と人見知りなくせして、仲間たちとの集団になると手が負えなくなるように、ベトナム人たちもまた集団になると某大陸国の爆爆軍団並みに始末が悪いということも今回学んだのであった。

人見知りが始まるのは、他人を発見したことにより相対化された自分を再発見し、自分と他人の区別がつき始めたからに他ならないが、一方で仲間内になると所構わずぎゃあぎゃあと叫ぶのは、自分と他人との区別、境界が未成熟であるが故であると思われる。
そういう意味では某大国民やベトナム人は、国民として未成熟であるのかもしれない。
そう、バブル期の日本人が世界中で顰蹙をかっていたように。

そんな未成熟故の面白さがあるのも、旅の面白味と言えるのかもしれないのだが。

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これはサパのハムロン丘にて。
完全にアウトだろうが、私はこのネズミどもを心の底から憎み軽蔑しているので、痛快でもある。

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ベトナム最高峰のファンシーパン山頂の売店。何故、これが、ここに。
洋の東西、体制の右左、老若男女を問わず高い知名度を誇る猫型ロボットである。

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私は悩んだ。このウサギたちは愛玩用なのだろうか。もしくは食用なのだろうか、と。

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僧侶ではない。僧侶の銅像である。ファンシーパンにて。

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怖いわー(>_<)

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ん?
ドゥオンラム村にて。

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井の中の蛙ならぬ亀。
大海を知らぬのは同じこと。

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アオリイカの干物。アオリでも沖干し出来るかもしれない。

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線路無法地帯。

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味も、食感も、豚肉そのものの、世にも不思議な牛肉。
そう、確かに私はビーフを頼んだのである。

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哀愁。

物理的な移動は時にとても重要だと思う。物理的に移動したことによってしかもたらすことの出来ない感動やら経験やらがある。

そして自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の鼻で嗅ぎ、自分の舌で味わい、自分の言葉で喋ること。その自発性が、体験を経験に昇華する為に大事なのであろう。

ちなみに、この旅での読書体験も、経験に昇華された大いなる意味を持つものであった。
その話はまた後日。