ルーティン

毎週末釣りに行く習慣が何らかの理由で崩れると、久々の釣行の際に朝早く起きることが猛烈に億劫に感じる時がある。

これが走る習慣が何らかの理由で崩れるとなると、ルーティンの時には何も考えずに外に飛び出るのに、早起きなど比にならぬ程に着替えてランニングシューズを履くことが億劫でたまらなくなる。

忙しかったり、旅に行ったり、飲み会が続いたり、休みの日の天気が悪かったり、ふと気が付くと1ヶ月もジョグから遠ざかっていた。

千倉まで釣りに行って悲惨な結果に終わりションボリと帰宅した土曜日、久し振りに走ろうと思い立ち外に飛び出した。

気温も適度に低く、湿度は相当に低く、久々のジョグにはうってつけの条件だ。

出るまでは億劫なんだけど、いざ川縁のお決まりのコースを走ると気持ちが良い。
そして走ることの最大の効能は、気持ちが前を向くということにある。
人は原則的に後ろ向きには走れない。
前を向いて走っていると、視線は前に、姿勢も前に、すると気持ちも自然と前向きになるのだ。
ある意味で人間とは本当に単純に出来ているものだとつくづく思う。

苦い釣りの記憶は次への意欲へ。
あまりにも無遠慮な戯言は忘却の彼方へ。
立場でしかモノを言えない人間に対しては怒りから憐憫へ。

なーんて書くとまるでフルマラソンを走ったぐらいの非日常的な体験のようだけど、実際には8km強で日没サスペンデット。
逆に言えば、この程度の運動でも精神的にはかなりの効果があるということだ。

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早起きしたことによる睡眠不足に、運動した後の心地よい疲労感が加わり、私はアカヤガラの刺身とカサゴの煮物をアテにビールと焼酎で良い気分に陥ると、深い眠りに陥った。

翌日も慌ただしい中、上手く時間を見つけて5kmラン。
ルーティンを取り戻しつつある。