赤鉢・・・天下一品神楽坂店

イメージ 1

イメージ 2

朝っぱらから飯田橋で仕事を一発こなし、終わったら丁度昼時だったので会社に戻る前に天下一品神楽坂店へ。

オーダーは定番のチャーハン定食、こってり、麺かため。

ランダムに提供されるという伝説の創業40周年記念の赤鉢がまたしても登場した。
ここ神楽坂店においては実に3回連続の高打率である。
俺は天下一品に愛されているのかもしれない。

まあ器はさておき肝心なのは中身だが、流石は京都白川本店直営、間違いのない旨さである。
高血圧も高カロリーも忘れスープまで完飲してしまったのもいつも通り。

満足した。


ところでさる高名なラーメン評論家(苦笑)の有名な言葉で、「二郎はラーメンではなく二郎という食べ物」というのがあるが、この箴言だか格言って実は二郎よりも天下一品の方が相応しいのではないか?という気がしないでもない。
それぐらいラーメンと呼ぶには異質で特異な存在感である。

でも考えてみればラーメンに限らず、あらゆる飲食物の中で交換や代替が不可能なものっていくらでもあると思うので(実家の餃子、樽生ギネス、カワハギフルコース、新雅のニラソバ、米山のつくねと煮込み、埼玉屋のレモンサワー、etc,etc,,,)、この言葉自体が実は陳腐なのだと思った。

世の中は意外と代替不能なもので充ち溢れているのかもしれない。

では俺という存在は交換や代替不可能な唯一無二の存在なのか?

という問いは余りに恐ろしいので回答を一旦保留させて頂きます。