ビール愛好者の悲劇

定刻にバリ島ングラライ国際空港を離陸した飛行機は、予定よりも早く現地時間22時過ぎにジャカルタスカルノハッタ空港に着陸した。

ジャカルタに用は無いのだが、翌朝6時15分に同空港を出発する成田行きANA機に乗る為のトランジット・ステイという訳で、ターミナル1にあるトランジット専用ホテルを予約済みである。

さて、私を乗せたガルーダ・インドネシア機はターミナル2に到着した訳だが、ここからターミナル1への行き方がよく分からない。
とにかくこの空港はだだっ広い割には案内や掲示板の類が極端に少なく、また建物自体が非効率的極りない。

人に尋ねまくってなんとか無料シャトルバス乗り場にたどり着いたのだが今度は待てど暮らせどバスが来ない。
もしや夜間は運転していないのではないか?と訝しく思ってポーターに尋ねに行くと丁度バスが来たので慌てて戻りなんとか乗り込む。

バスの中は薄暗く、そしてアナウンスは皆無である。
私は注意深く外を見つめ、ターミナル1であろうと見当をつけたところで下車。
すると目指すホテルはなんとか見つかった。

チェックインしようとすると、なんかコピー機が壊れたとかでフロントにはチェックイン待ちの列が出来ており、やたらと時間がかかった。
ようやく鍵を貰ったのは23時半近く。翌朝は4時にはチェックアウトしなければならないのだ。時間がない。
部屋に荷物を置くと私は命の水であるビールを買う為にすぐさま再びフロントへ。

「生憎とホテルにビールは売っていません。またターミナル1にビールを販売している店はありません。」
私の切実なリクエストにスタッフは苦笑気味にこう答えたのであった。

ビールがない!?

どうしても私にはビールが必要なのだ。
「ターミナル2では売ってます。」
唖然とする私にスタッフが続けた。

その言葉を聞くやいなや私は戸外に飛び出した。

クソ、ターミナル2ってさっき降り立ったところじゃないか!
そういやシャトルバス乗場付近の売店ビンタン売ってたな。

腹は立ったがシャトルバスに乗ってターミナル2に戻らねばビールを買えない以上私には再びシャトルバスに乗る以外に選択肢はないのだ。

幸いバスはすぐに来た。
しかし私が乗った次の停留所で頭に布を巻いたムスリム・オババ軍団が大挙して乗り込んできて、私はバスの最奥へと押し込まれてしまった。
これじゃあ外が見えないじゃないか!

ムスリム・オババ軍団が降りたバスストップで私も一旦降りてみた。なにしろ外が見えずに自分が何処にいるのか分からなかったからだ。
自分が先程乗り込んだターミナル2とは景色が異なっているようである。
看板を見ると「TERMINAL D&E」とある。
まだか。

私は再びバスに乗り込んだ。

暫く走るとバスはターミナル3に到着した。
ターミナル3?
先程ターミナル2からターミナル1に向かうと途中で確かにターミナル3を経由した。

運転手にターミナル2はまだかと聞くと、さっき止まったのがターミナル2だとの回答。
そっか、降車と乗車で場所が違うから気付かなかった!「TERMINAL D&E」とはターミナル2のD&Eゲートを意味していたらしい。
くそ!まったくもって忌々しい空港だ!だったら「TERMINAL 2 D&E」って書けよ、バカヤロー!

私は吉田茂と化して空港をもう1周した。

「TERMINAL2だぞ!」運転手が叫ぶ。
まったく、それぐらいのアナウンス毎回しろよバカヤロー!
そしたらそもそも乗り過ごすことなかったんだよバカヤロー!

小走りに先程ビンタンを見かけた売店へ向かうと、既にシャッターが下りていた。
午前0時を過ぎている。

私は走った。転んだ。既に満身創痍だ。

ターミナル2の店という店を回った。

多くの売店は既に閉まり、開いている売店にはビールは売っていなかった。

私はダイエットコーラを買って慟哭した。

重い足取りでシャトルバス乗り場に向かった。
バスは全く来なかった。

1台のタクシーが近づいてきた。
「どこまで行くんだ?」
「ターミナル1だけど、いくらで行ける?」
「10万ルピア(1000円)だ。」
「ふざけんじゃねー、バカヤロー!」
日本語で答えると通じてしまったようだ。
「いくらなら払えるんだ?」
俺は犬でも追い払うようにぞんざいに手を振ったが敵も諦めなかった。
「5万ルピアでいいぞ。」
いきなり半額になった。
「2万だ。」
私は言った。
「や、3万だったら乗っけるぞ。」
「2万しか払わない。」

こうして私はビールを得ることが出来なかった代わりに、インドネシアにおける価格交渉術を身につけたのであった。


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